このブログを検索

2017/12/26

レール積載貨車 チキ5200を作る③

艶消し黒に塗装した状態です。


(締結機やスライダーのことは別途書きます)

コキの場合はフレームが出っ張っているので、レタリングは非常にやりにくいものです。
なんとか方法はないかと考えて・・・。

そこで、フレームが出っ張っていることを逆用して、フレームに囲まれた中に埋め込む形でレタリングを済ませたシートを貼ることを考えてみました。



うまく写っていませんが、10倍でこんなのを作図してみました。
これを1/10でラベル用のフィルムに印刷、カットしてフレーム間に貼るという手法です。

最初、コキ10000の票差しを生かすために中央フレームの真ん中を使用する予定でした。しかし、その部分は裏にエアタンクがあって切断しづらいこと、接合部が2か所となりメンドクサイこと、を理由に、票差しのない部分を生かして接合は1か所で済ますことにしたわけです。
従って、票差しがなくなってしまったので、レタリングと同じように印刷して済ますことにしました。
台枠塗色の黒よりもわずかに明るい灰色で票差しを作図し、車票そのものも印刷してしまっています。



画面撮りですが、こんな感じ。

使用したラベルは、これです。



エーワンの、品番29334のシールです。

なお、車番はネット上にあった国鉄書体を使用、その他は似た感じのフォントを使っています。
文字の位置・寸法等はテキトーで、ちょっと間違えてしまった部分もありますが、まずはトライアルということで貼ってみることにしました。シールなので貼り替えもできるからです。

続きはまた。

その1は コ チ ラ

その2は コ チ ラ


↓よかったら、クリックしてみてください。

鉄道コム





昨日の郡山総合車両センター 八ミツC502モハ503ユニット解体...

昨日は、郡山総合車両センターへ行ってきました。主目的は651系水カツK103編成の様子見でしたが、最初に解体線の黄帯209系の姿が目に飛び込んできました。

車号は、-503。三鷹所属C502編成の中間電動車ユニットです。
既に側面の内装撤去は済んでおり、車内でバーナーを使った何らかの作業が行われてはいましたが、カッター刃をつけた重機は午前中時点では動いていませんでした。
しかし、工程がここまで進んでくると、近日中に姿を失うことになりそうです。
(209系は詳しくないので、2次解体線入りかどうかまではフォローしてません)











1998年11月に新製配置された編成ですから、このモハユニットは20年経ってないんですね。
活躍お疲れさまでした!!

なお、工場西奥にも黄帯の209系と思われる車両がちょっと見えました。





座席が見えます。
ということは、まだ内装解体も行われていないということですが、雨風が強かった昨日でも貫通路カバーが装着されていない(通常の入場車両であれば必ず装着される)ということは、解体待ちの車両(サハ?)なのかもしれません。

C501のクハに八高帯が貼られたという報告もあったことですし、既に電動車1ユニットの解体が確認されているC501と共にC502の残存車両も八高線での活躍となるのでしょう。

209系500番台は、大量増備されたE231系の先駆車であり、功績も大きかったと思います。中央線で初めて500番台の幅広車体に乗った時は新時代の到来を感じたものです。
しかし、転用のためとはいえもう一部の車両が解体とは...。時の流れの速さを感じました。


↓よかったら、クリックしてみてください。

鉄道コム











2017/12/25

磐梯急行電鉄(日本硫黄沼尻鉄道)旧駅跡めぐり

本日(2017/12/25)、郡山総合車両センターの様子を見たあと、雪の中を行く磐越西線列車の写真を撮ろうと川桁駅まで来たのですが、時刻になっても電車が来ない!調べたら、強風で郡山~会津若松間運転見合わせ...。

仕方なく川桁駅前をうろちょろしていると、ありましたありました!
「沼尻軽便鉄道」という名前で、磐梯急行電鉄(←日本硫黄沼尻鉄道部←日本硫黄耶麻軌道部)に関連する石碑や看板が。

子供の頃見た鉄道ピクトリアルの「私鉄車両めぐり」でこの鉄道の存在は知っていたので、痕跡があってうれしかったです。

まずは、石碑から。両面彫りです。





雪が降ってたので読みにくくてスミマセン。

で、気になるのが、この駅名標みたいなヤツ。



どう見ても、次の「しろづ」にも駅名標がありそうに見えます。

そこで、地図で鉄道跡らしき道を選び、走ってみることにしました。



ありましたよ!「しろづ」駅跡にも!
この駅のは、一部剥げてました。

沼尻鉄道には両端駅にしかホームがなかったので、中間駅は写真のようなバス待合所みたいなのがあるくらいだったらしいです。

では、順番に見ていきましょう。



県道沿いにあって、すぐ見つかりました。









会津下館駅の向かいには「村の停車場」という看板があり、「長瀬産業組合」と書かれた由緒ありげな建物が建っています。(戻ってから調べたら、鉄道関係の展示があるそうで)



鉄道敷は拡張されて結構良い道(県道123号)になっています。
ところどころで123号はバイパス的に集落の外周を通りますが、鉄道は集落内を通っていたようです。



荻窪は、県道123号号沿いではなくちょっと入った集落センターのところに立っているので、わかりにくいです。



ここの看板には車両が写っていました。ボハ6か7と思われます。



このへん、道路(=鉄道敷)は一直線です。



中間唯一の交換駅、会津樋ノ口。
結構大きな集落でした。

川桁方面から来た道と、国道115号から来た道(融雪道路)の交差点を直進した、集落の中にありました。なかなか見つからず、何回も集落内を走り回ってしまいました。



樋ノ口を出ると国道115号が鉄道敷跡になります。やはり、ところどころ115号がバイパス状に主洛外集を通る場合は旧道側が鉄道敷跡です。
みょうけ駅の看板は、115号沿いではなくセブンイレブンの角を曲がったところにありました。



こちらは、旧道とバイパス部の分岐のところにあります。



なんともローカルな駅名です。

あと一駅なんですが、かなり距離があります。その間集落らしいものはないので、駅の必要もなかったのでしょう。



終点の沼尻駅。

近くには温泉があり、もうすぐスキー場などのリゾート地帯です。
ここまで、川桁からかなりの高低差がありますので、勾配もきつく、列車は大変だったろうと思います。

なお、写真の駅舎はすぐ脇に90度くらい向きを変えて移築されていました。
除雪車の基地にでも使われているような感じでした。



何の計画も下調べもなく行なった沼尻鉄道駅跡めぐりでしたが、最後に当時の建物(移築されたとはいえ)にも出会えて良かったです。

近くに車両も一部保存されているようですので、また近くに来たら寄ってみたいと思います。

↓よかったら、クリックしてみてください。

鉄道コム





2017/12/23

常磐線臨時快速「舞浜・東京ベイエリア号」651系K105運転

本日(2017/12/23)、常磐線の臨時快速9422M舞浜・東京ベイエリア号が、651系水カツK105編成により運転されました。



日の出の少し後でまだ朝焼けが残る中を颯爽と駆けていきました。
@赤塚〜内原間
ご一緒した方々、お疲れ様でした。

※乗車した方によると、空席も多かったようです。水戸駅等で懸命にチラシ配りしてたんですけどね。

ついでと言っては何ですが、1本前のE657系練習電2060Mときわ60号も掲載しておきます。




↓よかったら、クリックしてみてください。