今日は雨。
なんとか廃車ではないように、と願っていましたが、解体線に入った様子をTwitter等で見て、自分の眼でも見届けようと、早朝から車を飛ばして郡山へ行ってきました。
クハ411-1634。右が青森方。
常磐線内では上野方の先頭車でしたが、小山経由の回送で、こちらが北を向いています。
クハ同士の2輛での姿。
手前にトラックが止まっていて、正面全体を見ることはできません。
K544の編成番号。
後ろを、新幹線が駆け抜けていきます。
センター場内塗装場の隣に、K544の中間車と思われる車輛がいました。
雨が降っていたので写真が不鮮明で、側面の車番は読めません・・・。
近車製の銘板。製造年は読めませんが、JR東日本の銘板のみなので、国鉄時代の製造でないことはわかります。
検査標記は25-8、よく読めませんが郡山総合車セの標記。
2013年(平成25年)7月広野から回送されて入場したK544は8月に出場したと思われるので、K544の中間車であることは間違いないと思います。
(以上2枚は無理やり拡大)
踏切を渡って戻ろうとすると、クハ411-1634の中央ドアが開いているのが見えました。
撮影したのは午前8:30過ぎなので、まだ当日の作業は始まっていない時間帯だったと思います。
南側のクハ411-1534の車番です・
1534の手前のドアも開いていますね。
現役時代には決して見ることのなかった、クハ同士の連結。
車輪の間、枕バネ下低い位置のブレーキ作用棒が見えない(軸バネを受ける変形ウィング?よりも下にあるはずです)ので、TR235をはいた車輛同士の連結であることがわかります。
K544の撮影後、郡山駅で撮影しようか、帰る途中温泉にでも入ってこようか、とも考えていましたが、結局その気になれず郡山滞在30分で引き返しました。
K544は、2016年3月25日までに運用を退いたJR東日本415系1500番台11編成の中でも、最も注目度が高い編成でした。その理由は皆さんご存知と思いますので省略しますが、こんなふうに真っ先に廃車解体の運命をたどろうとは、思ってもみませんでした。
K544編成、お疲れ様でした。
撮影機材:Nikon D3300(初心者)
撮影日:2016/6/13
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